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Column Last up date:2005.10.07

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ダヤ・ダン 2005年2月15日
朝6時20分。同じドミトリーで、今日からマザーハウスに行くというヒロシ君に起こされる。まだ眠いが、早起きは気分が良い。ビパッサナ中は4時過ぎに起こされていたのだから、これくらいなんともない。40分過ぎに歩き出した。前を歩く韓国人について、7時過ぎにマザーハウスに到着。ここで朝食(パン、チャイ、バナナ)を食べて、それぞれの行き先へ向かう。直接行っても構わないのだが、なにぶん始めてなので、とにかくここへ来て、どこを手伝うか、どうやって行くかを聞きに来た訳だ。日本人の女性スタッフの方がいたので、声をかけてどんな施設があるのかを聞いて、希望を伝える。手伝える施設は7つあるらしい、孤児の家や、障害者の家、死を待つ人の家、貧困者の家etc...。中には女性しか手伝えない施設もある。俺は迷わずダヤ・ダン(障害を持つ子供達の集まる施設)を希望した。ヒロシ君もそれに乗っかった。近くにいたフランス軍団が、そこへ行くというので一緒に連れてってもらう事にした。





バスとオートリキシャーを乗り継いで施設に着いた途端作業は始まった。もう2週間ほどやっているというフレンチ娘が体のひん曲がった子供達を風呂場へ運び込み始めた。何の支持もないので少し戸惑ったが、急いでエプロンを首にひっかけて手伝い始めた。次々と皆が風呂に入れてもらってる間に、ベッドのシーツをはがす。大抵のシーツはおしっこで濡れている。一人一人の排泄の世話を誰かが付きっきりで見てやれる労働力的余裕はないのだ。シーツを新しいものに取替え、これまた風呂から次々と上がって来て、服を着替えさせてもらった子供達をベッドに戻す。最初に子供達に触れる際、どういう姿勢で抱き上げてやればいいのか全く分からず、まごまごした。「赤ちゃんを抱くように。」と別のフレンチ娘。いやいや、赤ちゃん抱いた事も数回しかないぞ、オレは。と、とにかく見よう見真似で、おっかなビックリ首を支えながら抱き起こしてベッドまで。結局最初から最後まで何のレクチャーもなく、とにかく見て、真似て、聞きに走った。





屋上へ上がれとの指示。洗濯だ。洗濯機はなく、最初のスペースで洗い、次ですすぎ、さらにもう一度すすいで絞って、でもって干す。オレは洗い担当。これがまた大量にある。腰や背中、ケツの筋肉をヒイヒイ言わしながら懸命に洗う。時折水を足したり、洗剤を足したりするが、基本的に水はほとんど替えない。ズボンやシーツはおしっこまみれなので、常にしっこの匂いと共に作業は果てしなく続いた。やっとこ終わって、全部干したらやっとティータイム。こりゃ疲れるわ、と時計を見た。まだ9時30分?!おいおい、まだ1時間しか手伝ってないじゃねーか。オレはもう一月分くらい洗ったゾ。久々のストレートティーとビスケットをほうばってから現場復帰。今度は乾いた衣類を畳む。これはラクチン。で、下に降りたら昼食を終えた子供達をベッドへ戻す。まだの子は食事スペースへ。その後はトイレに連れてったり、またおしっこで濡れたシーツを取替え、服を着替えさせてあげたり。これはなかなか勉強になる。一人一人関節の可動域が違うので、随分気を使いながらの作業になった。最近暖かくなったので、明日は冬物のブランケットを洗ってしまうらしく、これまた山ほどある洗濯物を持って上がる。明日は絶対来て手伝わなくては。男手が圧倒的に不足しているこの施設、オレが手伝わずにあの洗濯物が終わる訳がないだろ。





12時前に手伝いは終了。希望すれば3時からも出来るというが、ほとんどの者は午前で帰る。俺も今日のところは無理をせずに宿に直帰。慣れたら午後も手伝いたい。戻って食う飯は旨い事この上ない。やはり労働の後は栄養と休養。チャイを飲み、洗濯を済ませてのんびりした。もう場所も分かったので明日は地下鉄で施設へ直行しよう。明日の午後にある登録会にさえ参加すればマザーハウスへは朝飯を食いに行くだけになる。しかもマザーハウスからバスとリキシャーに乗ると、施設まで7.5ルピー。宿のすぐ近くの地下鉄を利用すれば4ルピーである事が判明した以上、6時過ぎに起きてマザーハウスに集まる必要はないとみた。ぐだぐだやってたら昼寝をしそこねた。今夜はガッツリ眠れそうだ。明日の朝、道端でチャイとフレンチトーストをほうばるのをイメージしながら気持ち良く眠りに就く。





初日から、気合入れたり、緊張したりする暇もないほどに、なかなかハードで、そしてやはり楽しかった。旅のルートの効率を無視して戻ってきて良かった。他人の世話をするというのは大変で難しい。けど、だからこそやりがいもてんこ盛りなのだ。いろんな施設を「つまみぐい」する人もいるようだが、オレは自分の興味を満たす為だけに手伝っている訳ではない。一刻も早く戦力に加われるよう、このダヤ・ダンに絞り込み、とにかく一週間から10日間は続けてみるつもりだ。





おい、ぐうたらパッカーども!偽善行為だの自己満足だのと偉そうに持論ぶち上げて見物決め込む前に、とにかくそのケツ上げて、一日だけでも手伝いに来い!!何かが見える。かもね。
バックナンバー
カルカッタ スタート (2005.2.14)
ビパッサナ終了。カルカッタへ (2005.2.13)
進む近代化 (2005.1.27)
ブッダガヤ (2005.1.25)
Varanasi滞在記 vol.8 「旅立ち」 (2005.1.19)
Varanasi滞在記 vol.7 「老いも若きも」 (2005.1.14)
Varanasi滞在記 vol.6 「日本じゃ見えない」 (2005.1.11)
Varanasi滞在記 vol.5 「いつもどおり」 (2005.1.8)
Varanasi滞在記 vol.3 「Din−Na Din−Na」 (2004.12.29)
Varanasi滞在記 vol.3 「クリスマスイヴ」 (2004.12.24)
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橋の下にはチャイハネ。
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