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Column Last up date:2005.10.07

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具だくさんの一日でした。 2004年10月6日
昼間、ラオス初となる、保育園(3〜5歳)と小学校を見学。特に保育園は皆元気いっぱい。もち米を俺に持ってきて、俺がそれを食うとみんな大喜び、大騒ぎ。犬や馬なんかに食べ物を与え、「見て見て、食べてる食べてる」的なノリである。



いつでも子供は逃げるのが好きなモノだ。食った後、「ガオー!!」って言いながら追っかけたら、キャーキャー逃げ回る。で、それが終わると、さらに大勢がもち米を俺に持ってくる。結局相当食うハメになったが、帰る時は校門まで付いて来て見送ってくれた。ちなみにここ、ルアンパバーンの小学校では英語ではなくフレンチを勉強する。



フランスの植民地であったラオスには、母親がフランスへ行く際、子供を連れて行く余裕がなく親戚に預け、残留する事になり、その後フランスで生まれた弟はフランス人、兄はラオス人国籍になっている、なんて事もある。つーか、そういう兄弟とメシ食う時に話した。弟、妹はフレンチ、ラオ語、少しの英語を話し、兄はラオ語のみ、妹の彼氏はフランス人なのでフレンチのみ。弟が俺と英語で話し、ラオ語で兄に伝えてる最中、姉は、それを彼氏にフレンチで通訳しているという、なんとも不思議な光景にお目にかかった。言葉の歴史は世界の歴史。なかなか印象深い食事になりました。



ルアンパバーンの赤十字病院にサウナがくっついていて、皆利用している、と聞いたので、同じ宿の由紀ちゃんと一緒に行ってみた。現地でカイル、ジェリー、コージ君らと偶然会い(マッサージに来ていたらしい)、一緒にサウナへ。昨日一緒に滝に行ったスコットランドの女の子がいて、「9分間入ってた」と自慢。俺は3分でギブアップ、10分休んでまた3分、を4,5回繰り返したのだが、ジェリーは「10分にチャレンジする」と宣言し、見事うちわでの新記録を樹立。しかし、出てきて5分後、椅子に座って俺と話している最中に意識を失って崩れ落ちた!!彼は献血してからサウナに入ったのだ。しかも記録更新!そらアカンやろ。男3人がかりでベッドに運び、頭と足をマッサージしながら、団扇で扇ぎ、鼻先にはタイガーバーム。ゆっくり意識が戻ってきた。後で聞いたら、やっぱり倒れる前からの記憶が無いらしく、夜一緒に飲みに出かけるのは控えておいた。明日の夜飲む事になったので、もう一泊ステイ、である。良いさ、ジェリーと再会を祝して乾杯しないと、ルアンパバーンに来た意味が半減してしまう。けどこの一泊の延長が俺の旅のルートを変える事になる。





ところで俺は人生初の献血をここルアンパバーン赤十字で決行。少しチクッとしたが、3〜5分ですぐに終わり、クッキーとジュースに加え、赤十字T-shirtまで貰えるのだ。ルアンパバーンへおこしの際は、「サウナの後に」献血を。





ジェリーを宿に残し、俺は皆のいるバーへ。ジョージの誕生日で、大勢来るらしいのだ。いつもなら、白人ばっかのバー(実際。ラオ人店員と俺以外にアジアンは全くいなかった)は値段も高いしで遠慮するのだが、彼の誕生日だし、皆がそれぞれ、別々の目的地へ向かう為に街を離れだした頃だったので、そういう意味でも最後のパーティー。ここは飲むだろう。まー結局、誰彼ともなくラオラオ(ラオスの焼酎。割らずにストレートで飲む。結構キツイ&マズイ。)が回ってくるので、金使ったのは4USドル程度なんだけど。ラオスはシングル(扇風機)の部屋が2ドルだからなー。



今回、俺は相当メンバーに溶け込んでいた。以前は、自分だけが英語を上手に話せない状態で、それを気にして少し引いてしまう事もあったのだが、今回は、ガンガン楽しめた。皆俺の下手糞な英語に耳を傾けてくれるし、俺が聞きなおすと、ジェスチャー付き、あの手この手で解説が始まる。だから俺も遠慮なく、「喋ンのはえーよ、もっとゆっくり、簡単に話してくれ。」と言える。とにかくリラックス出来た、楽しい時間だった。



ジョージと一緒に旅しているアダムとクリスが何やらジョージにキツイ口調で迫っている。よくよく聞くと、「なんでもっとクレイジーに飲まないンだ!お前のバースデーにいろんな国の仲間がこれだけ集まってくれてるんだぞ!何を心配してるんだ!もっと浴びるように飲め!!」的な会話なのである。この二人も相当酔ってはいたが。俺は隣の子達と、「イングランドには誕生日に行っちゃ駄目だ。ああやって飲まされて、拒めば親友から責めたてられるンだ。こえートコだ。」なんて笑った。



俺はオーストリアンの女の子2人を送る為に一緒に席を立った。夜中に女の子二人ってのはちょっと気にかかるし、ラオラオはもう飲みたくなかったから。勿論仲良くなってオーストリアのウィーンに行った際には、一緒にお茶でも、なんて誘う為でもある。





ポーラはジョージと会って以来、仲良くて、カップルみたくなってた。けど、彼女は北へ上がる。ジョージはクリス、アダムと3人組みであり、ビエンチャンへ下る。ここでお別れという訳だ。やはり寂しそうにしていた。で、ポーラがチェンマイのトレッキング以来の付き合いである俺に、独りは寂しいから一緒に北へ上がらないか、と誘ってきた。俺は南のヴァンビエンの農場でブリンデン夫妻と再会、一週間程ステイした後、東にあるポーンサワン近郊の小学校で英語を半年間教える、という知り合いと連絡を取り、ちょっと覗いて、お手伝いさせて貰うつもりでいた。しかし、俺は南の農場体験を捨て、一気に北ラオスへ上がる事に即決。いつでも誰かとの出会いが俺を動かす。農場にも行きたいが、この決断は後にきっと吉と出る。かもしれない。
バックナンバー
「托鉢」 −たくはつ− (2004.10.4)
修学旅行 in ルアンパバーン。 (2004.10.4)
スローボート (2004.10.2)
ラオスとの国境町 チェンコン。 (2004.10.1)
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